JAMIS の歴史
1979年、JAMISはビーチクルーザーメーカーとして誕生しました。『JAMISとはG.Joannou Cycle(GJC)のスポーツバイクブランドで本社はアメリカのニュージャージー州にあります。

1980年、1979年に発表したビーチクルーザーを改良して、ダイヤモンド型フレームに外装変速機を付けたビーチクルーザーを発表しました

1981年、1980年に発表したビーチクルーザーを改良したExplorerを発表しました。それはマウンテンバイクの前進でファットタイヤ仕様のビーチクルーザーと、Ten-speed bike(いわゆる多段変速ロードレーサー)とのミックスのようなものでした。

1983年、Dakotaを発表しました。今日のほとんどのマウンテンバイクが標準でつけているディスクブレーキやサスペンションはまだ装備されていませんが、当時の量産型のマウンテンバイクとしては非常に注目され高い評価を得ました。

1985年、記念すべき初代Dakarを発表しました。(現在のDakarはデュアルサスペンションバイクであるが、初代はハードテイルバイクであった。)最高級クロモリチューブのイシワタ トリプルバテッド仕様のフィレット溶接仕上げの非常に綺麗で乗り心地もすばらしいバイクでした。そして、JAMISのスポーツバイクには、このころの自転車設計への拘りと妥協のない物造りのスピリットが今でも受け継がれています。

1987年、タンゲプレシテージを使った美しいフィレット仕上げのDakar,Dakar Sport(クロモリのハードテイルバイク)を発表しました。レーサー達はこの軽くて強いフレームを賞賛しました。

1988年、ロードバイクのEclipseとQuestを発表しました。そのフレーム設計(シートアングルやキャスターアングル等の設定)にはニューイングランドサイクリングアカデミーの意見を取り入れました。

1991年、Codaを発表しました。このバイクは、これまでのマウンテンバイクでは味わえない700C ロードバイクのようなスピード感が味わえ、街中をスムーズに走れるすばらしいバイクでした。

1993年、JAMISバイクの代名詞であるDragonを発表しました。タンゲプレステージチューブなめらかにフィレット溶接し輝くばかりの鍍金で仕上げ、高性能パーツで組上げ、超軽量で高性能かつ、贅沢なマシンででした。

1995年、Dakar Teamを発表しました。このバイクはJamisで最初の4バーリンクのデュアルサスペンションバイクでストロークは55mmほどだったが、Judy XcやDeore XT、TNTチタンBB、Sugino Mighty900などの軽量パーツで仕上げて総重量は11.3kg(25ポンド)を下回っていました。

1996年、Easton Eliteアルミチューブを使ったDakar Teamを発表しました。

1997年、フラッグシップモデルDragon(off-road)とEclipse(road)にレイノルズ853チューブを使ったニューモデルを発表した。アメリカンバイクメーカーではJAMISがこのチューブレイノルズ853チューブを初めて採用しました。

1998年、インターバイクで発表したカーボンモノコックフレームのデュアルサスペンションバイクDiabloはとても高い評価を受け、その年のBicycling Magazineでも最も革新的なバイクと賞賛されました。また、Dakota(Hardtail bike)はMountain Biking magazineのBike of the Year Awardも受賞しました。そしてこの年、JAMISの顔というべきKATARINA MILLERがチームJAMISに入りました。彼女は幼いころからBMXを始め、ダウンヒル競技やスラローム競技ですばらしい成績をおさめていましたが、チームJAMISに入ってからはワールドカップのデュアルレーで15勝、ワールドカップのシリーズタイトルを2回、NORBAのシリーズタイトルを4回、世界戦のシルバーメダルが2回と、劇的に進化し、JAMISバイクを世界に知らしめました。また日本では、MTB界の第一人者で伝説のライダーの檀拓磨氏がこれまで世界のレースで得てきたノウハウとセンスの全てをチームJAMISに注ぎ込み、そのすばらしさを伝えてくれました。その結果、日本では無名だったJAMISバイクは一躍トップクラスのブランドとなり、彼がレースで使用したハードテイルバイクのDragonは高性能バイクJAMISの代名詞となりました。